要約・楊貴妃と3人の姉

要約・楊貴妃と3人の姉、2022-10-31 追記

■ 先に、調べることと書くことを同時進行形的に「楊貴妃と3人の姉」を書いた。↑
■ 紙に書く文章と、電子媒体との融合の試みだった。
■ 過程は自分なりには面白かったが、
■ 書き終えてみると、「推理」のみでもいいではないかと思い、新たに書くことにした。
■ 次のふたつの絵を取り上げ、何が描かれているかを考察する。
■ 麗人行は游春図を元にして描かれていて。台湾では国宝として扱われている。
■ 游春図はどのような扱いなのか、知らない。
■ しかし、游春図の方が格段に優れている。
■ 游春図は「虢国夫人遊春図」と題され虢国夫人がどの人かが一応問題にされている。
■ 先頭の人だが、中文の絵の説明書きに
  • 「畫中右一身著男裝,座騎三鬃馬鴛鴦鞍者為虢国夫人」
■ とある。
■ 箇条書きにすると、
  • 男裝
  • 座騎三鬃馬
  • 鴛鴦鞍
■ 男装で、
■ たてがみを3つに分けてくくっている馬に乗っていて、
■ その鞍にはオシドリの絵が描かれている、と。
■ 「鴛鴦」が日本の家紋のようなものかもしれないが、分からない。
■ なので、私としては断定できない。説明不足だ。
■ まず、
  • 白い服の人が2人
  • 髪を両脇で束ねている人が2人
  • ショールをしていて、同じ形の髷の人が2人
■ これら6人は彼女ではない。
■ 彼女は1人だ。
■ 同じ服を着て描かれているはずはない。
■ 次に、
  • 8頭の馬で、人は9人だ。
  • 9人のうち6人が対象外だから残りは3人だ。
  • 1人は子供で、皺のある人に抱かれている。
  • 虢国夫人は、夫人だから既婚者で、子供ではない。
  • だから、子供は除外すると 、
  • 年増の女と、先頭の人の2人が残る。
■ 楊貴妃が玄宗皇帝の寵姫となったのは21歳の時だ。
■ つまり、姉の彼女は30歳以下と考えられる。
■ おそらく20代とみてよいだろうけれど、
■ 年増の女ではない。
■ 従って、虢国夫人は図の説明にあるように、先頭の人だと言える。
■ 三体詩には次のようにある。

  集靈臺  張祜
虢国夫人承主恩
平明騎馬入金門
卻嫌脂粉汚顔色
淡掃蛾眉朝至尊

■ 化粧などかえって顔が汚れると、眉をさっと引いただけだ。
■ と、ボーイッシュだ。
■ 男装がよく似合う。
■ ここで、もうひとつの絵を見てみよう。
■ 同じ状況が描かれている。
■ ただ、2番目と3番目がそのまま移動して、後尾に描かれている。
■ そして、どちらの絵にも赤い飾りを付けた馬がいる。
■ 4頭だ。
■ そのうち、ショールをした女が、3人の姉のうちの2人だ。
■ これら以外の、赤い飾りのない馬に乗っているのは、侍女とか従者だとみてよい。
■ なぜ配置を変えたのか。
■ 宋の時代に描かれていて、唐の歴史を知っていた。
■ 知っていた、というか解釈したのだ。
■ 有名なのは楊貴妃だ、と。
■ 従って、主人公として楊貴妃に焦点を当て、中央に置いた。
■ 姉が若かった時、楊貴妃はもっと若く、
■ むしろ、幼かったというべきだ。
■ 自分一人で馬に乗れなかった。
■ だから、抱かれていた。
■ 楊貴妃は称号であり、
■ 髷に櫛を挿した女の子は、楊貴妃と呼ばれる前の玉環だ。
■ そういうことで構図を変えた。
■ 「麗人行」を描くに当たって、「虢国夫人游春図」をよく見なかったようだ。
■ 「虢国夫人游春図」では
■ 2人が乗っている馬のたてがみも、3つに分けられている。
■ ところが、「麗人行」の絵はこの特徴がない。
■ 先頭の人は赤い靴をはいているので女であること、即ち、虢国夫人であることは理解していた。
■ しかし、女の子を中心にするため、2番目と3番目の人を後部に移動したのは、
■ やはり元の絵をよく見ていなかったことになる。
■ このWikiの図を最大に拡大してよく見てみよう。
■ 先に、
  • 白い服の人が2人
  • 髪を両脇で束ねている人が2人
  • ショールをしていて、同じ髷の人が2人
■ と書いた。
■ ここで、なぜ2人ずつだったかを考えた方がいい。
■ 白い服と、髪を横で束ねた人が、
■ 2人づついるというのには意味があったのだ。
■ つまり、2つの群れに分けられるということだった。
■ ひとつの群れは3人、もう1つの群れは6人
■ 馬としては、3頭と5頭だ。5頭のうち姉が2人だった。
■ この構成をよく見てみよう。
  • 「馬の赤い飾り」と、
  • 「従者2人」
■ と見れば2つの群れに分けられる。
■ こう考えると、2頭を後ろ回すのはいかにもよくなかった。
■ ここで、前から2番目の人に注目することになる。
■ なぜか。
■ この人の馬の鞍の敷物には2羽の鳥が描かれている。
■ 先頭の人の馬にも2羽の鳥が描かれていた。
  • オシドリだ。
■ つまり、2番目の侍女は虢国夫人の侍女だと見るべきだろう。
■ 鴛鴦の絵は薄れていたので最初は気づかなかった。
■ また、脚が邪魔でよく見えないかもしれないけど、虎が描かれている。
■ 白川静の「字統」を見ると、虢は「とらのかわをなめす」寽(らつ)と虎に従う、とある。
■ 虎の絵は、虢國の印なのかもしれない。
■ 鴛鴦は夫人の方の象徴ということか。
■ 全体的に描かれているのは楊一族だけれど、
■ 虢国夫人は既に結婚して別の家庭を持っていた。
■ だから、右半分の3人がこの順に描かれてなければならないと思う。
■ このように考えたとき、ますます、「麗人行」は評価できないばかりか、
■ 後の世の人を迷わすことになったのだと思う。
■ 「麗人行」では白い服の人がいなくなり、黒っぽい服になっている。
■ 黒ではなく青なのかもしれない。
■ これが、虢夫人の夫だという説も生むことになった。
■ というか、「夫」だという考えのもとに「白」でなくした。
■ そうなると「麗人行」という題もそぐわないことになる。
■ ふたつを比較することで、何が描かれているのかが明確になる。
■ さらに、姉妹の年齢と、3人の姉がいつ結婚したかが分かれば、
■ いつのことかも推定できるそうだ。
■ 日本経済新聞・朝刊小説・安倍龍太郎・「ふりさけ見れば」(442)に年齢に関する記述があった。
■ 玉鈴が17歳の時の年齢を整理すると、
  • 韓国夫人 美帆 23 才
  • 虢国夫人 美雨 20
  • 秦国夫人 玉鈴 17
  • 楊貴妃  玉環 13
■ こうなる。
■ 「游春図」は虢国夫人が何歳の時の絵だろう。
■ ショールをしている女2人が一緒にいるので、長女より次女が先に結婚したのかもしれない。
■ と考えられなくもないが、まあ、いいか。
■ 推理とはこうしたもので、客観的事実の検討で結論に至る。
■ 絵に何が描かれているか、ということだが、現実をふまえて描かれたものだとすれば、
■ 「虢国夫人遊春図 」から当時の歴史的事実の一面がが分かる。
■ さて、
■ 仮に、「虢国夫人游春図」が台湾にあったとしたら、「麗人行」は2級品となることだろう。
■ 1級品の「虢国夫人游春図」が今後どのような取り扱い方になるか、
■ まさか、無くなることはないような気がするが、
■ 国宝という概念があるのか、どうか。
■ 共産党の世界観とか価値観によることだろう。
■ 下記のサイトがあるのに気付いた。2022-10-31
杨贵妃的亲姐姐也是胖美人吗?自己看吧!|虢国夫人游春图|旧唐书|摹本_新浪收藏_新浪网 (sina.com.cn)